ジャック(パワプロ2020 実在 1996年)
ジャック・ドウティー
カーニー高等学校-アリゾナ州立大学-モントリオール・エクスポズ (1987)-テキサス・レンジャーズ (1989 - 1992)-ヒューストン・アストロズ (1993)-シンシナティ・レッズ (1993)-千葉ロッテマリーンズ (1996)
1996年成績 .119 0本 4打点
1996年ロッテの外れ外国人、ジャックを作成。
メジャーでは89年、90年に規定打席には到達しなかったものの三割を達成。
その後はパッとしない成績で3Aなどでプレーしていた。
1995年オフに当時千葉ロッテマリーンズでGMを務めていた広岡達朗が「シュアな打撃は日本向き」という理由で獲得を決定。
しかし昨年3Aでは衰えで全く打てなくなっており、開幕から変化球どころか直球にも対応に苦しむことに。
結局すぐ二軍に落ちて6月に解雇された。
査定
走力・肩・守備…走力は二塁打が2本あるので40位に、肩は外野も守っていたが前年の3Aでは主に一塁だったので低めに、守備は守備機会が1996年はそもそもなかったのでクッソ低めに。
慎重打法…三振13だが四球を3つ選んでいるため。
チームプレイ×…バントしないため
余談
本名は
ジャック・ドウティー
なのだが何故か登録名はジャック。
なんでだろなぁ…(棒)
宮本幸信(パワプロ2020 実在 1975年)
宮本幸信
神戸市立神港高等学校-中央大学-阪急ブレーブス (1968 - 1974)-広島東洋カープ (1975 - 1976)-日本ハムファイターズ (1977 - 1979)-横浜大洋ホエールズ (1980)
1975年成績 44試合 10勝10敗10セーブ 1.70
「キックの宮」、宮本幸信を作成。
1967年に阪急に入団。三年目まではそこそこ活躍していたが4年目から伸び悩む。
1974年オフにトレードでカープに入団。
入団直後、阪急とのギャップにショックを受け、覇気のないナインの意識改革にと、「明るくやろう会」を結成。
チームのムードメーカーとして親しまれ、カープの苦しい投手陣を支え初優勝に貢献した。
しかしこの選手を語る上で欠かせないのが
審判に飛び蹴り
もともと開幕からルーツ監督や選手はカープに不利な判定をする審判団に不満があった。
そして迎えた4月11日中日戦。
一死満塁、カウント2-2で内角低めの直球にボールのコールに短気な宮本は飛び蹴り!
観衆からは喝采、怒号、瓶が飛び交ったとか。
もちろん一発退場となった。
査定
球速・ノビ…力のある直球、力強い直球との記述が多い。
変化球…ここのサイトに縦のカーブ、ここのサイトにスライダー、シュートとあったので。
対ピンチ・打たれ強さ…LOB率
左打者…左から打たれた本塁打は一本だけ。
回跨ぎ…28試合も回を跨いでいる(手作業)
内角攻め…死球9個と多い。
闘志・短気…飛び蹴り。
余談
こういう選手本当に好き